2011年、教会員の証し


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2011年12月 (NO.156)

《 交わり  

私が子どもの頃は家でクリスマスの集まりをする習慣はありませんでした。近所を見回してもなかったので、おそらく大方の家でも同じではなかったでしょうか。

 小学校の頃、私がいちばん心躍ったのは町内で行われる秋祭りでした。着物にハッピを着て、

青年団のお兄さん達と一緒に山車(だし)を引き廻して広場に着くと輪を作って(・・)()()()()を夜遅くまで踊りました。心地よい興奮に包まれて家に帰ると兄の友人たちが母の作った料理を食べている。田舎町でもその日ばかりは家々の灯りが遅くまでともり、何か開放的な気がして嬉しいものでした。

 中学になるとグループ交際というものが流行(はや)って、さして親しくもない10人程の男女のグループでピクニックに行ったり、クリスマスにはたまり場の友人の家でお菓子やケーキを食べてぎこちない会話をしていました。高校では、クリスマス会を教室で開いて、クイズやゲームをしました。結婚して子どもが生まれると、クリスマスツリーを飾ってジングルベルを歌いました。夫は会社の同僚たちとクリスマス飲み会をしていました。

 かくも、人は人を求めて、大義はなくとも集まり、顔を合わせて食し談笑することに喜びを感ずるものです。理由などない、そのこと自体が楽しい・・でも、それ以上のものではなく刹那的でもあります。

 

私は51歳でクリスチャンとなり、神の存在を信じるようになったとき、人の集まるのには深い意味があることを知りました。これを教会においては「交わり」と言います。

 「交わり」は神と人との交わりであり、人と人との交わりであります。

神と交わりを持った信仰者は、神を中心として互いに親交を持ち、分かち合い、支え合い、協力し合って真実の関係の交わりへと高められるのです。一時的な楽しさで終わるのではなく、そこに意味があり、真実の交わりであったなら何と素晴らしいことでしょうか。

 真実の交わりはイエス・キリストが土台になければ、それは根なし草のように頼りないものです。

 

 「わたし(神)はぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。」ヨハネの福音書155

 交わりの喜びは、イエスさまによって永遠のいのちの約束を共に受けています。

このイエスさまのお誕生を祝うのがクリスマスです。今年も高尾教会では、ある者たちは讃美を、ある者たちはゴスペルフラを、ハンドベル、バンド、ハーモニカを、またある者たちは駐車場係や食事係と、それぞれ神から与えられたよい物を持って、体中でイエスさまを讃えるお祝いを致します。是非、本当のクリスマスを教会で味わって、交わってください。

お待ちしています。

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2011年11月 (NO.155)

《 孤独を経験して 》               

孤独を初めて体験したのは、10年前、主人に先立たれた時のことでした。結婚をした時には、「お互いに同じ位の年齢まで生きられたなら、夫婦として幸せでしょうね。」と話し合っていたことを思い出します。結婚生活29年目にして、その思いも空しく破れてしまいました。老いて白髪の生えるまで、お互いに連れ添って生きて行けたならと思っていました。夫婦というのは、老いてこそ価値があり、お互いを必要とするのではないかと思います。世界の中の僅か一組の男女が結ばれるわけですから、奇跡としか言いようがありません。「赤い糸で結ばれていた」という昔から言い伝えられていた言葉が、実感できます。お互いに助け合って、補い合って、喜びや悲しみも分かち合うことができます。お互いを必要としていますから、夫婦という結びつきは何にも変え難い、素晴らしい関係であると思います。

主人が亡くなる時に、私への思いを手紙にして残してくれました。結婚して29年間はとっても幸せであった。お釣りがくる程の人生であったという内容でした。私も同様、主人と結婚して本当に幸せでした。

愛する伴侶を失う悲しさは、言葉では言い表せません。2人の子供には、いつも何かと助けて貰っています。ですが、子供達には、それぞれ別の生活があって、夫婦で助け合うということとは別と思います。私自身、今迄、1人生活を体験したことがなかったので、余計に孤独感を味わうことになったのかも知れません。そして、夫婦って何て味わいがある、かけがいのないものなのかと、つくづく思わされました。

愛する主人を失って2年間は、遺骨との会話が続いていました。「私達夫婦は、お互いにこれからもずーっと必要としていたのに、どうして神様、引き裂いたのですか?」半ば、聖書の言葉からも、心の扉を塞いでしまっている状態でした。神様に失望していました。

しかし、神様は、時と共に、私をまた引き出してくださったのです。不思議と神様は、こんな私を慰めて、助けてくださいました。

「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない」(へブル人への手紙135節)

「神がすべてのことを働かせて益としてくださる」    (ローマ人への手紙828節)

孤独に耐え、孤独を味わったからこそ、私の心が神様に向いたことを実感できたのです。孤独という言葉は、とても寒々上した冷徹な感じですが、今の私には貴重な言葉です。体験を通して勇気づけられている毎日です。

「いつくしみ深き 友なるイエスは 罪とが憂いを とり去りたもう

こころの嘆きを 包まず述べて などかは下さぬ 負える重荷を

 

いつくしみ深き 友なるイエスは われらの弱きを 知りて憐む

悩みかなしみに 沈めるときも 祈りにこたえて 慰めたまわん」

(賛美歌312番より)

世の中には、いろいろな孤独と戦っている方が大勢いることを耳にしますが、どうか、孤独に失望せず、聖書の言葉に心を向けてみてください。神様が、失望から希望へと変えてくださいます。             

 

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2011年10月 (NO154.)

 《 真の神に祈ってみませんか 》

「目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。」(コロサイ人への手紙42節)

「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」      (ピリピ人への手紙46節)

「あなたがたのために絶えず感謝をささげ、あなたがたのことを覚えて祈っています。」   (エペソ人への手紙116節)

 

あなたは、あなたが眠っている時も目覚めている時もいつもあなたの傍ら近くであなたの身の回りの事を心配して命や衣食住、教育、仕事等々、あらゆる事を気配りして、あなたを愛して陰ながら支えて下さる神が在すのを御存知でしょうか。

真の神は人の手によって造られたものではなく、また人によって運ばれるものでもありません。伝説、民話、神話の神でもありません。またお墓で眠っているものでもありません。むしろ罪も死もサタン(悪魔=真の神の愛に敵対するもの)も及ぼしてしまう程の力を持っている神です。何の罪もない神の子である救い主イエス・キリストは全人類の罪の身代わりとなって十字架刑を受けて死なれ、三日後に廷って下さいました。そして今も生きて働いておられる神です。全ての人の為にとりなしの祈りをし、具体的に人と関わり働いて下さるのです。全ての人の為にまるい地球の上に住んでいる人達の為に、日夜眠る事もなく救いの業に励んでおられるのです。

真の神は天地宇宙森羅万象を創造された神です。しかも神の口から出る御言葉によって天地宇宙森羅万象を創造してしまう程の力と権威にあふれた神なのです。全てのものは人間も含めて神の愛と真とによって創造されたのです。神は全てを正しく統べ治め、支配する事がお出来になるのです。

真の神は全人類を、あなたを創造された方ですからあなたの生まれる前から、また生まれてからもあなたをよく御存知です。あなたの全人生、全人格、過去、現在、未来全ての事をよく御存知で、あなたを心から愛し続けておられる神です。そしてどのようにしたらあなたが一番幸せに生きる事が出来るか、どうしたらあなたに永遠の命が届けられるか、いつも悩ましい程に考えて下さる神がおられるのですが…。あなたの傍ら近くにおられるのですが…。世界のベストセラー聖書を与えて下さった目には見えないけれども今も生きておられる神があなたと語りたいと願っておられるのですが…。御存知ですか。

あなたを創造して下さった神ですからそのお方はあなたの父親です。一度そのお方にお祈りしてみませんか?

私はこのように紹介しました聖書の神に小学生の頃からずっとお祈りをしています。聖書を読み学びますと自然にお祈りをするようになるのです。たとえば聖書に「もしあなたがあなたの兄弟姉妹を心で憎むならば、あなたは兄弟姉妹を殺したのと同じ罪を犯したのです。」-聖書-と書いてあるのですが、憎む程の人はいないとしても心の中で優越感を持って人を見下したり、意地悪な思いが少しでもあるならそれは同罪であると悟るのです。少しでも人を大切にしない心が神の光の御言葉によって照らされると、罪が示されて悔い改めのお祈りをするのです。そして「その人を大切にして愛する事を心に留めます。その人の為にもお祈りします。」と自分の心に区切りをつけて主に従うのです。愛と平和と真理を追求して神と人とを愛する事を生涯学び続けたいと願うのです。

また私は何をする時でも心で神と語り合うのです。人と話をしている時もその人や家族知人等が困っていることを察知しますと、その場で心の中で神に祈ります。日々の生活の中で、神は私から片時も離れず私の傍らにいて下さいますから、遠慮しないで、何でも気付いた事を愛を込めて語りお祈りするのです。

神は聞いていて下さいますから、私はとても幸せです。

高尾キリスト教会では日曜礼拝、祈祷会、ハンナの会、諸集会がありまして私は出席して当教会の兄弟姉妹達と共に、神にお祈りを献げます。神は愛を込めて私達のお祈りを聞いて下さり、答えて下さると信じて、いつも親しく神に祈るのです。

あなたも真の神にお祈りをしてみませんか?そして愛にあふれた真実な聖い神に出会えたらどんなに幸せな事でしょう。

 

 「私は山に向かって目を上げる。

私の助けは、どこから来るのだろうか。

私の助けは、天地を造られた主から来る。

主はあなたの足をよろけさせず、

あなたを守る方は、まどろむこともない。

見よ。イスラエルを守る方は、

まどろむこともなく、眠ることもない。」

(詩篇12114節)

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2011年9月 (NO.153)

  恵まれて   

この歳まで現役で働くことが出来、健康に生み育ててもらった母に感謝と支えてくれた家族に感謝。学校(看護学校)を卒業して今年で丁度、半世紀になります。看護職に携わって4年目に結婚、夫の転勤と子供3人の子育て(期間:10年)が一段落すると再度チャレンジし、終生、看護職を貫こうと一大決心をしたものです。

私は6人姉弟の5番目で苦労しないで(苦労していると感じたことが無かった)私だけが高卒後、進学の路を姉たちがつけてくれました。

家庭環境も自分のことは自分で責任を持って、他人に迷惑をかけてはいけない、と暗黙のうちに家族全員が同じ方向を向いていたように思われます。姉たちが成人した頃から我が家ではクリスマスに、父が柿羊嚢、母が海苔巻き、長女がケーキを焼き皆でデコレーションを丸い穴の開いた生地に飾り、友達も誘って楽しみました。決してゆとりのある生活をしていたわけではありませんが、今でも忘れことはありません。

 クリスマスの本当の意味もイエス様の誕生のことも理解してはいませんでした。看護学生での寮生活でトランジスターから聴こえた(ルーテルアワー)が心に響き、乙女心を揺さぶられ、同じ時期に実習先のレントゲン技師のかたがクリスチャンと知った時、またもや胸のときめきが倍増したものです。暫くしてクリスマスも近づき教会へ行こうと決心しました。

すっかり賛美歌の響き、優しさを感じ牧師の説教はほどほどで、早く賛美歌の箇所に来ないかなと思っていました。2年生の時洗礼を受け、名ばかりのクリスチヤシとなり、卒業後1

は結核療養所に配属、勤務、すぐ大阪へ、キリスト教病院に結婚までの3年間勤務しました。此処ですばらしい出会いと、学びがあり、少し、人生の指針も見えてきました。この時期の経験は大切なものとなり、心の奥底にいつも教会の存在があることを! 結婚後は転勤と、子育てのため10年間はすっかり教会から離れてしまいました。

東京への転勤から3年後、現在の館町に引越し本格的に仕事に取り組み、夜勤の時は夕食の準備をし、子供3人を残して出かけ、6年生の長女の作文に「鬼のような母親です」と書かれたときはショックでしたが、少しずつ仕事を理解するようになってきました。

60歳の定年を迎え、その後も数回の転職はありましたが看護職を貫き、現在も沢山の子供たちに囲まれ、毎日を過ごしています。

人生、辛いこと、悩み、苦しみ、悲しみ等の困難もたくさんありました。しかし、神様はいつも私と居て下さる。私が変わらなければ、人は変わらない。ということをやっと解ったように思います。

教会に行く楽しみも教会内の交流や聖書の学びの楽しみも70歳近くになってやっとです。「あせらず」を心に刻んで行きたいと思います。

 

『愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。』

(コリント人への手紙第二 1311節)

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2011年8月 (NO.152)

おおきくなっても光の子                    

 通勤途中の道にある階段の上に、ミッション系の幼稚園の広告看板があります。私にとっては、なんとなくいつも見慣れた看板です。

ある日の午後、その看板の前で話をしている、元気な小学生の男の子たちに行き会いました。

男の子1 あ〜れ〜。幼稚園の看板、御言葉が書いてあったんだ!

男の子2 え?

男の子3 本当だ!

男の子13 「光の子らしく歩きなさい。聖書」

(そこに何年も、ずっとある看板なのですが、この2人にとつては、看板の漢字が読めるようになって、今回初めて、気付いたらしい様子です。)

男の子2 光の子?

男の子1 オレたちのことだよ。

男の子3 あのね、オレたちの幼稚園の子は、み〜んな光の子なんだよ。

男の子2 何それ?

男の子1 聖書の御言葉だよ。

男の子3 神様の言葉。

男の子2 お前の幼稚園には、神様がいるの?

男の子3 うん。教会だからね。

男の子1 ね。

男の子2  そつか。オレの幼稚園はお寺だから、仏さまがいるんだよ。

男の子3 ふ〜ん。

男の子1 仏さまって、死んじゃったんでしょ。

男の子2 うん、でも、生きてる人を守ってくれるんだよ。

男の子1 ふ〜ん。

男の子3 死んじゃったけど、守ってくれるってどういうこと?

男の子2 さあ。幼稚園で聞かなきゃわからないけど、でも、みんなを守ってくれるの。

男の子3 ふ〜ん。神様は今も生きてるんだよ。

男の子2 あのさ、幼稚園の時は、光の子だったんでしょ?それで今は何?

男の子3 今も光の子だよ。光の子は卒園して大きくなっても、ずっと光の子なんだよ。

男の子1 そうそう、ずっとね。

男の子2 へーえー、大きくなっても・・。

 

3人の男の子たちは、私とは、別々の方向に歩いて行ったので、この先の話し声は聞こえなくなってしまいました。残念!お寺の幼稚園を卒園した男の子が、小学校の友達から、初めて神様の話を聞いたようです。つまり神様を知らない男の子が、イエス様に出会った瞬間だったのでしょう。それと同時に2人の卒園児は、友達の素朴な疑問にしっかりと自分の言葉で答えていました。

なかなか立派!キリスト教保育の幼稚園で蒔かれた生命の種によって、男の子たちの心に御言葉が根付いており、看板に書かれていた聖句によって、福音が芽生え伝えられました。小さい時に神様に出会った、素直な子供たちが、将来この芽を大切に育てていくことを切に祈っています。そしてこのような場面にちょうど遭遇できてラッキーだと、うれしくなりました。神様が働かれると幼稚園の看板1枚も、福音を伝えるチャンスになり得る訳です。このように人生というのは、いつどこにどんなチャンスがあるかわかりません。私もチャンスに巡り合えた時に、いつでもそれを生かせるように、常日頃から心がけていたいと改めて思うできごとでした。

今、この文章を読んでくださっているあなた!最後までお読みくださり、ありがとうございます。

 

『光の子らしく歩きなさい。』(エペソ人への手紙 58節)

 

今、この瞬間から、新しい歩みを始めてみませんか。

神様とともに、永遠の命への道を。

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2011年7月 (NO.151)

《 被災地に行って参りました 》  

 今年、311日、午後246分。日本の東北地方は未曽有の大災害に会いました。マグニチュード9,0の地震に伴う10メートルを越えるつなみ、そして原発事故と停電。数多くの人たちが尊い命を失いました。やっと生き残った住民たちは住む場所を失い、今も各地の避難所や親戚のところを転々しています。

 

当日、私たちの家族は、韓国キリスト教の団体から来たお客様、16名の案内役に務めていました。恐怖に襲われた皆から「早く国に帰りたい。」と言われ、素早くその手続きをやらなければならない立場でした。

空港までの唯一の交通手段はリムジンバスだけでした。飛行機の出発時間に間に合うかどうか、焦りながら長い「キャンセル待ち」の列に立った暗い1日。成田国際空港は外国人の脱出の修羅場でした。今も、あの緊迫した1週間を目の当たり見るように覚えています。

4月のある日、友人から「がれきの中にそびえ立つ十字架」の写真1枚と共に呻くようなメールが届きました。「教会の礼拝堂は流れ去り、教会員はあちらこちらの避難所に散らされてしまいました。主よ!私もこれから大都会に移さなければならないのですか。」

胸がいっぱいになって涙がでました。祈りだけでは足りないと思って、妻と一緒にボランティアに参加するようになったのです。

ボランティアの現場は、東京から6時間かかる、450キロの宮城県の東松島市の海岸通り、新東名という町でした。町の中心の道路や溝には、どこから流されて来たのか、大きな船が転がったままでした。周りはすべてが破壊し尽され、あまりにも悲惨な光景でした。

私たちの仕事は、半分ぐらい浸水された家を家主といっしょに「床板をはがし、床下のヘドロの掻き出し」でした。ただ床板をはがすだけなら、バンバンやって行けばいいのですが、そこに家主が「後でまた使えるように割らずに、キレイに」と言う注文がついています。作業の辛苦も結構ですが、臭い匂いは半端じゃありません。たびたびヘドロが飛び散ってヘドロの洗礼を受ける悲劇も起こりました。お昼ご飯、新東名で働くボランティアたちは、在日韓国人と一緒になるのを楽しみにしていました。それは、辛ラーメンがたべられるからです。「地べたに座りながらおにぎりだけなんて、イヤだ。重労働だからこそ、おいしいものが食べたい!」という言う思いが誰にもありそうです。

そして午後は、泥に浸かった壁を撤去する作業でした。バールやハンマーで叩きながら壁を壊して行くわけです。これもほこりを被って大変ですが、しろうとのボランティアも直ちにできる仕事でした。その後、温泉に寄って着替えをして1日の作業は終わり。大体、こういう風にやりました。簡単な仕事ですが普段、慣れていない、相当疲れが伴うハードな仕事でした。でも普通には、なかなか味わえない、快い、やりがいがある疲れでした。

現在、東北地方で一番目立っているのは、「〇月〇〇日、事業・営業再開します。」という看板です。それほど、皆が復旧・復興の熱意に盛り上がっています。しかし、復旧作業はあちこち盛んに行われていますが、あまりにも被害が甚大なので、なかなか進んでいるようには見えません。いつの日か、またこの町が活気に溢れた港町になることを祈りながら1週間のボランティアを終えました。

原子力発電所の放射能漏れが1日も早く収まり、被災地の皆さんが故郷に戻ることができますように! また、この災害の中でも主の恵みと栄光が示されますようにと祈りながら東京へ向かって帰途につきました。

共にボランティアに参加して協力した東仙台キリスト教会連合会、NGO、日本国際飢餓対策機構、在日韓国人キリスト教団の皆さん、お疲れさまでした!

高尾キリスト教会周辺地域の皆さん及び高尾キリスト教会の皆さんのお祈りとご支援に感謝いたします。どうか引き続き、被災地のため、ボランティアのため、熱いお祈りとご支援をお願いいたします。

真理である聖書はこう教えています。

『 私たちは、ことばや口先だけで愛する事をせず、行いと真実をもって愛そうではありませんか。』                  (ヨハネへの手紙第一 318節)

 

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2011年6月 (NO.150)

《 飼い葉桶の中の神の子 》 

私は現在51歳、もう少しで52歳になろうとしているサラリーマンです。 3人の子供を持ち、1番上の女の子は来年就職し、少しはこれで暮らしが楽になるかもしれません。 考えてみれば、はっきり言って仕事に燃えた30年ではありませんでした。30年近く前、勤めていた製鉄所で大変過酷な業務を行い、(SEだったのですが、残業160時間)、体調を壊した私に優しく声をかけてくれた上司はその当時いませんでした。 会社というもののあり方に疑問を持った私は、組合活動に興味を持ち、私は神の存在などまるで信じられない生活を送っていました。 おまけに私の父は病気がちで、私の少年時代は貧しかったのですが、それを言うことを恥としてその事を他人になかなか言えなかったという心の闇を引きずっていました。 むしろ自分の父を「恥」だと思うような人間になっていました。 私の20歳代の精神状態は正に、憎み、憤り、妬みなど、劣悪な感情で支配されていました。  結婚してから少しは「仕事」という物に燃えて、家族の為に働かなくてはならないと思うようになり、ビジネス書や技術書など、時間を惜しむ様にして読み込んだ時期がありましたが、今まで経験した書籍のなかで「聖書」に比肩されるような書物は一つもありませんでした。  

話は変わりますが、聖書で私が好きな箇所は何と行ってもイエス・キリストの誕生です。 

聖書の中に「ルカによる福音書」という一文書がありますが、その210節に以下のように記されています。「天使は言った、『恐れるな。私は、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。』」イエスはユダヤの町ベツレヘムで処女マリアより生まれました。

「ルカによる福音書」では、ベツレヘムの宿が混んでいたために泊まれず、イエスを飼い葉桶に寝かせたという事です。あの偉大なキリストが飼い葉桶で生まれるとは。 いかに貧しくとも飼い葉桶で生まれる人間が現代に居るでしょうか。 私は、自分の生い立ちに劣等感を持っていましたが、ある日、牧師先生は「あなたは飼い葉桶で生まれてきた訳ではないですよね。」と言われた途端、どれだけ自分が小さな事を気にかけていたかが恥ずかしくなり、一晩中泣き明かした事があります。また幼い頃に憎んでいた父親もいまはすべてを許し、「育ててくれてありがとう。」といつも思うようになりました。 私の好きな「聖書」中の聖句をご紹介します。 

 あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。(コロサイの信徒への手紙312)

 いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。(テサロニケの信徒への手紙第一 51618)

  だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、 門をたたく者には開かれる。(マタイによる福音書78)

 人の子の前に立つことができるように、 いつも目を覚まして祈りなさい。(ルカによる福音書2136)

 疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。(マタイによる福音書1128)

 あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。(マタイによる福音書516)

あなたに言います。「キリストが神の子であり、私たちの罪の贖いのため、十字架にかかった事」を素直に信じてください。人生の羅針盤として「聖書」をぜひお読みください。 それも一人で読むのではなく、「高尾キリスト教会の人たち」と共に成長し、生き方を求めてください。       

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2011年5月 (NO.149)

《 正しい者の苦しみ 》

私の母は昭和63年に73歳でこの世を去りました。苦しい事の多い人生でした。

嫁いだ父の家は親兄弟一族で製糸業を営んでいましたが戦争によって全焼し、一家全員職を失ってしまいました。残った物は親から分けられた土地のみでしたが、どういういきさつか父の土地はすぐ上の兄にとられてしまいました。戦後の苦しい生活の中でしたが、兄弟で土地争いをすることを嫌った父はひと言も訴えることはしませんでした。そのために我家は私の兄が家を建てるまで借家住いを余儀なくされました。「そういう悪い事をした人はさきゆき絶対によい事は無い。」呪いのような鋭いあの母の言葉を今も忘れる事ができません。

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2011年4月 (NO.148)

《 「聖書」と「民生委員さん」と「現・中東の争いごと」 》 

皆さんは、ご自分の地域の「民生委員さん」をご存知でしょうか?私は今現在自分の住んでいる地域の民生委員さんが何処の、誰なのか知りません。(民生委員の方は私の事を、その仕事・役目柄ご存知なのかも知れませんが…)

知らない理由は要するに、(失礼ながら)今の私の生活様態には縁が無いからです。そんな私ですが、先日、縁者の事で(地域の違う)急遽、民生委員さんとコンタクトをしなければならない事案が生じました。(今、その方はその民生委員さんにいろいろとお世話になっております)私の知っている民生委員さんについての知織は「誰でも簡単にはなれない人」なのだぐらいでした。少し、調べてみましたら民生委員さんは「無償・無給」で、「住民の立場で、社会奉仕をする精神」を、第一義としていて、「民生委員・児童委員信条五条の一」で「私達は隣人愛を持って、社会福祉の増進に努めます。」と、ありました。今まで知らなかったとはいえずいぶん不勉強者であったなと反省方々恥じております。

さて、私はこの 「隣人愛を持って・・」と云う一文を、聖書の教えの中で、「黄金律」と云われているイエス・キリストの教え「それで、何事でも、自分にしてもらいたい事は、ほかの人にもそのようにしなさい・・・」(マタイの福音書712節)を瞬時に思い起こしました。基本は「隣人愛」です。

今、中東では「圧制からの民主的解放」を要求し、大衆のデモにより長期独裁者が政権を追われています。それでも、チュニジア、エジプトはそこそこ平和的に収まりましたが、リビアのカダフィ政権は徹底抗戦を叫び、自国の民衆に銃口を向けています。(201138、火、現在)。これはもう、単なる革命では無くて、双方の死ぬか生きるかの内戦状態です。

石油の殆どを中東からの輸入に頼っている日本にとっても大変な事態である事は自明です。ですから、日本の経済に深刻な影響の出る前に早く収まって貰いたいものです。

私は以前、ある牧師先生に「何故、人間は(世界は)戦争ばかりしているのでしょうか?何故戦争は無くならないのでしょうか?」と、尋ねた事があります。その応えは「愛が無いからです。愛があれば醜い争い事は起きません」でした。

聖書のコリント人への第一の手紙134節には「愛」についてこの様に教えております。「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。」

私は、世界中の為政者の一人一人に、少しでもイエス・キリストの「愛」の教えが心に届く事を切望します。そして、戦争、テロ、飢餓、等がこの地球上から無くなる事を祈ります。

でも、「あなたは、イエス・キリストのこの教えを完全に守り、実践出来ますか?」と、問われると、正直なところ「NO」と言わざるを得ません。力の無い、不完全な私には到底無理な話です。でも、私はイエス・キリストを信じ、この教えに少しずつでも近づきたいと願い、日々の努力があれば、神様はそれを「良し!」としてくださり、足らないところを強めてくださると信じております。

一度、この「愛」の神様の話しを聞きに、教会にお出でになりませんか。お待ちしております。

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2011年3月 (NO.147)

《 ぼくがかみさまに愛されていること 》 

ぼくは、いま7さいです。小学1年生です。ぼくが、かみさまに愛されていることは、教会にずっとずっと赤ちゃんのときからかよえたことです。どうしてかというと、イエスさまのお話しをきけるからです。

それから学校で、ちょうれいのワーシップでさんびするとき、イエスさまがぼくをあいして、くださっているとうれしくなります。2010822日、ぼくはバプテスマをうけました。なんでぼくがバブテスマをうけたかったかというと、イエスさまがぼくをあいしてくれて、ぼくもイエスさまのことをあいして、しんじつづけたいからです。

 ぼくは、イエスさまのおでしになりたいです。そのためにイエスさまにいつもおいのりをしています。ぼくが、いつもイエスさまにおいのりするのは、そのほかにこんなときです。ぼくが、おにいちゃんのおもちゃをなくしてしまいました。そのときにおいのりをして、あやまりました。あとおにいちゃんがもっとやさしくなるようにねがっています。あと、おとうとのあらたとけんかをしました。そのとき、もうしないようにおいのりをしました。それから、まいばんねるときと、しょくじのとき、たかおのおばあちゃんときたののおじいちゃんが、イエスさまをしんじるように、おいのりをしています。あと、きたののおばあちゃんに、イエスさまのしゅくふくがあるようにおいのりしています。

いつも、たかお教会のみんなと、なかよくできるように、おいのりしています。

たかお教会のみなさん、ぼくたちのためにおいのりして、それからしんせつにしてくださってありがとうございます。

ふじた先生、ぼくにバブテスマをしてくださってありがとうございます。ぼくも、たかお教会のために、おいのりをしています。

イエスさまいつもありがとうございます。

 

  おわりにせいしょのことば  

  「あなたがたにひかりがあるあいだに、ひかりのこどもとなるために、

ひかりをしんじなさい。」    (ヨハネのふくいんしょ12しょう36せつ)

「いつもよろこんでいなさい。 たえずいのりなさい。

すべてのことについて、かんしゃしなさい。」

(テサロニケ人へのてがみだいいち 51618せつ)

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2011年2月 (NO.146)

《 あ か し 》 

「今度ばかりはダメかもしれない。」舌癌の手術を前に父が言った。以前は80㎏近くあった体重が50㎏をきっていた。私は何と育っていいかわからなかった。しかし、父がイエス様を信じる信仰に目が開かれて、永遠のいのちを得ることと、病いの中にあっても魂に平安が与えられるようにと強く願わずにはいられなかった。それと同時に、こんな時、祈れる神が私と共にいてくださるという確信と、全知全能の愛の神様に頼っていくことができることをありがたく思った。イエス・キリストの言葉。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」 

(ヨハネの福音書316節)

また、このようにもイエス様は言っています。

「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」      (ヨハネの福音書1427節)

手術の直前、イエス・キリストの話をして、イエス様を自分の罪からの救い主として信じ受け入れるならば、永遠のいのちを得ることが出来ると話し、「お父さんにも信じて共に、永遠のいのちを受けて欲しい。」と話しました。父は、「考えておく。」と言って、手術に臨みました。手術が終って、面会に行った私に父は、まずまっ先に、紙とペンを持って来させました。舌の3分の2が切除されて話が出来なかったからです。そして父は、紙にペンで次のように書きました。「手術の間、まっ暗な地獄を見た。そこは大変恐ろしく深いところであったが、天使のような存在が、それは誰なのかわからなかったが、自分を引き上げてくれた。そして、やはり信仰がないとダメだ。おまえのチャーチに加入する。」と。私はビックリして、自分の目を疑いました。ロシア聖教の幼児洗礼を受けていたものの、本当に人間の罪(原罪)を知り、悔い改めたのだろうか。教会はクラブではないので、それがわからないといけないと思い、優しく丁寧に話してあげました。父は、あまり難しい事を言われてもわからないと返してきました。しかし、そうしたことも徐々に理解していったようで、その後の闘病生活の中では、痛みからいろいろと訴えることはあったけれども、次第に平安な気持ちを持てるようになった気がします。その後退院し、家に戻り、3分の1になった舌でしたが、辛うじて口から食物を食べられるようになり、痛みからも解放されました。しかし、その後、再発し、再び入院。

一命を取り止めて、安定したところで、長期的に受け入れてくれる病院を捜し求め、良い所が見つかったというその日に、天に召されていきました。私と家内と子供達だけの時は、見舞いの帰り際に、一緒に父を囲んでみんなで、この病からいやされるように祈りました。

イエス様が人の病をいやされたり、死人をよみがえらせた箇所などを読んで、神様はどんなことでも出来ることや、私たち一人一人を愛していらっしゃるので、ご自分の御子(イエス様)をも惜しまず、十字架につかせ、その十字架のあがないを自分の罪のあがないであると信じた者には永遠のいのちが与えられる事を聖書を通して話してあげました。「おまえのチャーチに加入する。」そしてその後に、「これは強制は出来ないが、ママにも信じてもらいたい。」と願いを書いていました。

けんかをすることもありましたが、愛し合った夫婦の姿をそこに見ました。この父の書いた筆談が決め手となって、母や妹達も理解してくれて高尾キリスト教会で葬儀をしていただく事となりました。そこに至るまで、大きな反対も少なからずあったので、私と家内にとっては本当に奇蹟のようでした。神様が直接働いてくださったと強く確信しました。また、藤田牧師ご夫妻、並びに教会員の皆様が、私の父のために祈りを献げ、私の家族に励ましと慰めを与え続けてくださいました。この場をお借りしまして、もう一度お礼を申し上げたいと思います。そして、神様には、本当に良くしてくださり、感謝でいっぱいです。なぜならば、私もやがて天国に召された時は、父とまた再会できる希望があるのを父には「信じて良かった。」と言ってもらえると思っているからです。

 

このトラクトを読んでくださった皆様。是非本当の神様を知っていただきたいのです。

イエス様は、

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネの福音書146飾)と言われました。

是非、教会においで下さい。聖書を通して神様の愛にふれて、永遠のいのちと主にある平安をいただいて欲しいと思います。

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2011年1月 (NO.145)

《 神に委ねる 》 

キルケゴールは次のように言っています。

「死に至る病とは絶望のことである。人は、致命的な病のことを死に至る病と呼んでいる。

こういう意味では、絶望は決して死に至る病とは呼ばれない。『死ぬばかりに病んでいる。』というのは、死ぬことができないという意味である。死という最後の希望さえも遂げられないほど希望がすべて失われているのである。死が最大の危険であるとき人は生を希う。死が希望の対象となる程に危険が増大した場合、絶望とは死にうるという希望さえも失われているそのことである。死によって、この病から救われることは不可能なことである。これが絶望における人間の状態である。」

「年間の自殺者が3万人を超えるのは、異常なことである。」とは、近ごろよく耳にする言葉です。そして、この状態がここ数年継続していることも周知の事実です。その原因が何かを明らかにするのはひとまずおくとして、この事実をとおすことによって、いかに多くの人が、われわれの想像もつかないような苦しい精神状態に置かれているかを、理解することができます。

ところが、キルケゴールは、「死ぬことを希っても、そのことすらできない絶望に病んでいる人が居る。」というのです。その数が自殺者に勝るとも劣らない数であろうことは想像に難くありません。絶望や自殺に至る悩みには及ばないとしても、私もまた、多くの悩みを経験します。それらは数日で解決することもあれば、稀には数箇月或いは1年に及ぶものさえあります。皆さんも、私と大差のない形で悩みをお持ちになっているものとお察しいたします。

人生は、悩みの源泉であると言っても過言ではないのかもしれません。

ただ、大事に思われることは、私たちクリスチャンが世間一般の人とは相違して、完全な解決は得られずとも、絶望や自殺に至るその前に、悩みを軽減する術を与えられていることにあります。私たちクリスチャンは、1人で悩むことをしません。周囲に相談しその助けを頂きながら、最終的には神にその解決を委ねつつ、自らも解決に向けて努力することにより、悩みを解決し或いは軽減するのです。

聖書には、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。

わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイの福音書1128節)とあります。私たちクリスチャンは、イエス・キリストに忠実に従うことにより悩みを解決し、日々心に安らぎを頂き生活しております。悩みや重荷は、貴方だけのものではありません。

1人悶々とすることなく、教会の門をお叩きになることで、問題解決の緒が見つかることを願っています。